Life and Dance in Latino Style

ラテン音楽、スペイン語圏のラテン音楽とダンス。サルサ、レゲトン、バチャータ、メレンゲ等。中南米関連。ラテンファッション。スペイン語。その他の音楽関連

サルサGRUPO NICHEの創始者Jairo Varela6周忌

コロンビアのサルサの代表といえばGRUPO NICHE(グルーポ ニーチェ)。

そのGRUPO NICHEを創設し初期メンバーで、若いメンバーに変わった後もディレクションしていたJAIRO VARELAはコロンビアのサルサのトップに君臨していました。

でも2012年の8月にカリで死亡。
まだ62歳でした。

その前年に同じくコロンビアのサルサの大御所Joe Arroyoも死去したんだけど、Joeは闘病してて何度か危篤状態になったので。
でもJairoはコロンビアのカリにある自宅で心筋梗塞で倒れて亡くなったので、突然の死にコロンビア人は驚きました。

私は彼が亡くなる1か月半位前にカリから日本に帰国してたので、カリに住んでる友達からJairo Varelaが死んでカリは喪中になってるという話を聞いて驚きました。


Jairo Verelaはチョコの人なんだけどカリに住んでいました。カリはサルサの都市で「カリは世界のサルサの首都」と自負してるくらいサルサが盛んな都市。

彼のお葬式は彼が作ったGrupo Nicheの名曲が流れ、オマージュのコンサートも開かれました。
霊柩車がカリの目抜き通りを通る時は、その通りにいる車が全部止まって彼に哀悼の意を捧げました。


それについては2012年に私が書いたこのブログの記事に詳しく書いてます。

「Grupo NicheのJairo Varela死去」


「サルサ歌手の死にカリは喪中」




私が2011年にコロンビアのカリにいた時は、Grupo Nicheの「カリパチャンゲロ」」は12月のフェリアでしかかかからないし、「Gota de Lluvia」とかは懐メロだからもう持ってないとかカリの人に笑われました。
日本のラテンのクラブやカリのイベントでは年中かかってるんだけど。


だけどJairo Varelaが亡くなったら、一日中カリのラジオはGrupo Niche一色になり、フェリアもテーマがJairo Varelaに捧げるオマージュになりました。
Jairoの壁画もつくられ、前よりもGrupo Nicheのクラシックの曲がカリでは流れるようになりましたよ。


昨日は6周忌で、カリでは「Jairo Varelaがいなくなってから、6年がたつ」と嘆き、また彼の時代のGrupo Nicheの名曲がかかってたそうです。

私も、昨日から今日にかけては昔のGrupo Nicheの名曲ばかりきいています。

やっぱりいいよねー。

この時代のGrupo Nicheはサヴォールがある。



私がカリにいた時にGrupo Nicheも出る巨大コンサートに行った時、カリパチャンゲロがかかったらスタジアムにいた何万もの観衆がみんなで合唱するので毛が逆立ちましたよ。
カンパーナ(鐘みたいな楽器)も客がちゃかぽこならしてるし、「カーリ、 パーチャンゲーロ」って大合唱。

これは昔の映像でもっと少ないけど、こんな風にカリでは合唱する。








他にもGrupo Nicheの名曲といえば。。。




「Cali Pachanguero」









「Sin Sentimiento」







Ana Mile」

このビデオではJairoが歌っている。








Jairo VarelaのメモリアルのGrupo Nicheのベストアルバムは