ラティーノは楽しい時も悲しい時もダンスを踊る
メキシコの大地震でたくさんの方が亡くなりました。
地震がおきた日の夜、消防士達や市民達が夜通し救助活動を続けていたら、救助活動中の人達が歌を歌い始めました。
その歌が「シェリトリンド」。
泣いてないで、歌って
だって歌えば気持ちが楽しくなるから
すてきな人、その心よ
これを歌ったあとに
「viva mexico -----, vivaaaa 」といってます。
実は地震の数日前の16日にメキシコは独立記念日で、大統領府でニエト大統領がバルコニーでグリトしたんです。
「viva mexico, viva----- viva mexico ------ 」って叫ぶと、市民達も「viva---- 」って返すんだけど。
メキシコ万歳、という意味です。
ビデオ撮ってる女性が
「みんながシェリトリンドを歌ってる」と涙声になってます。
このビデオだときこえにくいかもしれないから、オリジナルの曲のビデオを。
シェリトリンドは有名だから、みんな知ってるでしょ?
この曲はメキシコの第二の国歌といわれており、メキシコ国民に愛されています。
サッカーの試合などで、この曲が応援歌としてスタジアムで合唱されることもあります。
この歌詞をとって、
「Canta y No llores, mexico」
「メキシコよ、泣いてないで 歌おう」
という言葉が、今回の地震のあとSNSなどでメキシコ人たちの間で合言葉のように使われています。
なぜ、泣いてないで 「歌おう」なんでしょうか?
サルサを始めた頃に、私はラティーノ達から(ラティーノはラテンアメリカ人やラテンアメリカ系)
「俺たちはラティーノだ。
ラティーノは楽しい時も悲しいときも踊る。 踊って心を表現する」
といわれました。
すごく自分の心に響きました。
それもサルサとラテンカルチャーにはまった理由のひとつです。
ラテンは明るくてノーテンキ、ラテンの曲も明るい歌ばかりだろう、と思われてるでしょう。
サルサやラテンの曲は私がこのブログでたくさん歌詞を和訳してわかるように、楽しい曲ばかりじゃない。どっちかというとメロディが明るくても悲しい曲やつらい内容の曲の方が多いです。
日本に住んでるラティーノは、よその国に住んで仕事をしてつらいこともあるけど、でも週末は飲んで踊ったり家族とごはん食べたりしてる。悲しいときも楽しい時も踊ると言ってる。
私が中南米に住んでたときは、なにかつらいことがおきて泣いてると、
中南米人から
「No llores(泣かないで)。これが世界の終わりじゃないんだから」とかいわれました。
昔の日本みたいに「男なら泣くな」とか、涙が悪い、というわけじゃないんです。
ラティーノは男もよく泣くので。
ラテンの歌には、「llorar」(泣く)とか「lagrimas (涙)」という歌詞がよくでてきます。
悲しい時じゃなくても、嬉し泣きもあるし、相手を愛しすぎて泣いたり。
つらいときは泣いてもいいんだよ。
でも世界の終わりじゃないんだから、涙をふこうっていうことかな。
「これが世界の終わりというわけじゃないんだから」、もよくいわれますね、ラティーノから。
あとは
「今日せいいっぱい楽しんだ方がいい。
人生を楽しんだ方がいいよ。
だって明日はどうなるかわからない。明日なにがおきるかは神様にしかわからないんだから」
これもラテンアメリカ人からよくいわれたことです。
メキシコはラテンアメリカ1の大国なのに、歴史上ずっと苦しんできました。
16世紀にスペインに侵略されて、アステカ帝国は滅ぼされてたくさん殺害され、アステカ帝国はテスココ湖に浮かぶ都市だったのにそれを埋めたてられて、その上にスペインが植民都市をつくりました。
スペイン人が湖を突貫工事で埋め立てたから、今もメキシコシティは地盤がゆるいんです。
だんだん地盤沈下もしてて、建物によっては傾いたりひびが入ってるのもあります。
「地盤がゆるいから、遠くでおきた地震でもメキシコシティは被害が大きい」とメキシコシティ在住のメキシコ人の友人達がいってました。
今回のプエブラの地震は震源地からメキシコシティは160km位離れてたし、その8日前におきたオアハカ沖の地震は700km以上離れてます。
なのにメキシコシティで大きな被害が出ましたよね。
そしてスペインから207年前に独立したら、今度はフランスがやってきてフランスに占領され、その後すぐアメリカに戦争をしかけられメキシコの北の部分はアメリカにとられてしまいました。今のカリフォルニア、テキサス、ネバダ、アリゾナなど米の南西部は元メキシコの領土です。だからスペインの都市名が多い(Los Angelsはスペイン語で、英語だとthe angelsの意味)。
世界の帝国米の隣にあるので、今もずっと苦しめられています。
今はトランプにね。
メキシコ人は抑圧されてきたし大変な歴史だったし、ラテンアメリカ一の経済大国の今も人生や生活に大変なこともあるけど、辛さや苦しみをジョークで笑い飛ばす人がメキシコ人には多い。
苦しくてつらいときにジョークを言って笑いとったり、政府を批判するブラックジョークをいったり、メキシコやメキシコ人に対する自虐ギャグも大好きです。
中南米はほとんどが「ayuda」(助け合い)の文化で、困った人を見ると助けたり、子供やお年寄りや女性や障害者など弱者に優しいし、親族や地域コミュニティでの助け合いが強い社会です。
ほんとにその助け合い精神に、特にメキシコでは私も助けられました。
知らないメキシコ人から助けられたこともなんどもある。
メキシコには、お世話になったメキシコ人ファミリー2組とその親族がいて、自分の家族みたいに私を大事にしてくれました。
東日本大震災で私は高層ビルの40階でひどいめにあって、震災後ショックに陥ってたところ、
メキシコ人の友人達が「メキシコにこい」と連絡をくれたので、すぐ飛行機チケット買ってメキシコに飛びました。
私を出迎えてくれた仲良しのメキシコシティ在住のメキシコ人ファミリーが、泣きながら抱きしめてくれました。
「メキシコでも1985年に大地震があったの。だからあなたの恐怖や気持ちがよくわかる」とお母さんが泣いてました。
そんなメキシコ人だから、震災がおきてつらくて悲しいけど今救助活動中だから、気持ちが折れないように、そして瓦礫の下の人にきこえるように、そして助け合いするメキシコ人の美しい心に感動してみんなで「シェリトリンド」を歌ったんでしょうね。
大地震で夜を徹して救助活動をしている市民達からシェリトリンドの歌がわきおこってきて
「泣かないで、歌おう!」
と大合唱になった。
私も泣いちゃいました。
このビデオ見るたびに涙出る。
メキシコの地震があってから毎日現地のニュースや動画みては泣いちゃうんだけどね。
ラテンでは、辛くて悲しい時も歌う。
そして踊る。
ダンスと歌で自分たちの感情を表すし、ダンスと歌でみんなの気持ちがあがったりみんなの気持ちが一つになる。
何年か前に大ヒットしたマーク・アンソニーのサルサの曲「vivir mi vida」という曲の歌詞を和訳しましたが、
→ 「 いま中南米で大ヒット中。マークアンソニーのvivir mi vida」」
あの歌詞にも
「これからは笑おう、そして踊ろう
なんのために泣くのか、なんのために苦しむのか?
笑い声をたてはじめよう
笑おう、そして踊ろう
感じて、踊って、楽しもう。
人生は1度きりなんだぜ」
とありましたね。
歌うこともそうだし、
「ラティーノは楽しい時も悲しい時もダンスを踊る」のです。
コラソン(心)のセンティミエント(感情)をダンスで表現するから
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